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2014月6月13日更新

京都に来たならまずはここ!観光スポット7選

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京都にきたなら訪れるべき王道スポットを教えてください!(大学2年生・女性)



華やかな歴史絵巻に彩られた京都





華やかで切ない、長い歴史に彩られた京都。


11つのスポットにたくさんの時間と歴史が刻まれたこの町は、日本のみならず世界中から観光客が集まる憧れの場所です。


この見どころいっぱいの京都でも、最初に来たならついおすすめしたくなる観光スポットをご紹介いたします。




金閣寺






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建物の内外に金箔をはられている舎利殿(仏舎利を安置した建物)が有名なために金閣寺と知られていますが、正式名称は「鹿苑寺(ろくおんじ)」という臨済宗相国寺派のお寺です。


鹿苑寺という名称は、室町幕府3代将軍足利義満の法号である鹿苑院にちなんでいます。


元々は義満の北山山荘を死後に寺に変えたことが由来ですが、この北山山荘は寺になる前は義満による院政政治の中枢でした。


金閣寺を中心とした庭園や建築様式は極楽浄土をこの世に表したと言われ、北山文化と区分されています。義満の死後は鹿苑寺として夢窓国師が開山しました。


現在の金閣寺は1950年に消失しましたが再建され、1994年に世界遺産に登録されました。


金色に輝くお堂は、やはりひと目でため息をつく美しさです。




清水寺






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清水寺のご本尊は千手観音、開山は延鎮で、元は法相宗でしたが現在は北法相宗大本山として独立しています。


その歴史は古く、伝承では778年に千手観音を念じ続ける行叡居士に出会い、これを観音の化身と悟った延鎮が霊木に千手観音像を刻んで安置したことが清水寺の始まりと伝えられています。


たびたび消失に会っているのですが、現在の本堂は徳川家光の寄進により再建されたもので国宝に指定されています。いわゆる「清水の舞台」と称される造りで、桧皮葺の屋根に長いけやきの柱を組んで舞台と呼ばれるせり出しを支えています。


ちょっと怖いですが、この清水の舞台からは見下ろすと音羽の滝が見えます。音羽の滝とは、東山36峰に連なる音羽山から流れてきた地下水が三本の筧を伝って滝壺に落ちている清らかな水です。この三本の水はそれぞれ延命長寿、恋愛成就、学問上達にご利益があると言われています。




晴明神社






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平安時代、6代もの天皇に仕えた陰陽道のスーパースターと言える安倍晴明を祀った神社です。京都の数あるパワースポットの中でも、独特な伝承が多い場所でもあります。


まずは参道にある一条戻り橋は、かつて渡辺綱が人の女に化けた茨木(鬼)の手を切り落とした場所として有名です。また戻ることを嫌う嫁入りや葬儀の列は、橋を通らないそうです。


手水舎の近くにある晴明井も難病を治す水として有名です。本殿横には厄除桃という像があり、参拝者のほとんどが桃を撫でます。桃は魔除けの果物で、撫でることで自らの厄を桃に移すのだそうです。




寺田屋






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江戸時代末期の旅館「寺田屋」では、2つの有名な寺田屋事件があります。


1つは1862年に起きた薩摩藩尊皇派(急進派)の有馬新七など35名が、時の関白と京都所司代の殺害を企てたのを、島津藩主の父に当たる島津久光により鎮圧された事件です。


2つめは寺田屋遭難とも言われ、京都での薩長同盟の会談をセッティングした後に薩摩人として宿泊していた坂本龍馬を、伏見奉行の捕り方が暗殺しようとした事件です。


当時、寺田屋は薩摩藩の定宿でした。坂本龍馬や長州藩士らは深夜に捕り方100人以上に囲まれましたが、のちに坂本龍馬の妻となるお龍に気づかれ辛くも脱出することができました。


現在の寺田屋は、1868年に消失し再建されたものです。




鞍馬寺







 

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770年に鑑禎(鑑真の高弟)により開基された鞍馬寺は、1949年までは天台宗のお寺でしたが今では独立して鞍馬弘教の総本山となっています。


ご本尊は毘沙門天王、千手観音菩薩、護法魔王尊の三位一体となっています。


平安時代は京都の北方守護の寺として信仰され、また蔵馬は牛若丸(源義経)の修行場として有名です。


牛若丸に縁のものは、兵法の修行に通う途中に喉を潤したという息つぎの水、義経を祀る義経堂、鞍馬天狗と牛若丸が出会ったという僧正ガ谷不動堂などがあります。


本殿金堂や多宝塔などは近年再建されたもので、境内の鞍馬山霊宝殿には動植物や鉱物の展示館もあります。他には与謝野晶子ゆかりの品や国宝である毘沙門天像なども大切に保存されています。




鞍馬寺






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新選組の本拠地があった壬生屯所旧跡です。現在では京都市指定有形文化財に指定されています。


八木家は壬生村の有力な旧家で、幕末に近藤勇らの宿所となりました。東に開いた長屋門と奥に主屋が建っています。


新選組は幕末の1862年に上洛する14代徳川家茂の敬語のために集めた浪士隊が前身となっています。翌年上洛した浪士隊は分裂し、京都に残った一部が京都守護職の下におかれることになりました。


その後は芹沢鴨を粛清し、近藤勇と土方歳三の体制で京都の治安を守ることになりました。芹沢鴨の粛清では八木邸の奥座敷で行われ、刀傷が残っています。


八木邸は3年ほど新選組の屯所となりましたが、池田屋事件後に隊員が増えたため、西本願寺の太鼓番屋に屯所を移すことになりました。




角屋もてなしの文化美術館






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角屋(すみや)は、もとは島原花町の揚屋で、1589年に始まりました。その後、何度か移転し二代目により現在の島原へと移されました。


揚屋とは民間の大型宴会場で、大座敷に面した広い庭にお茶席を配すること、庫裏(くり)と同じ規模の台所を備えていることが必要とされていました。


1952年には島原が開かれて以来現存する唯一の揚屋として国の重要文化財に指定さています。


1989年から130人限定で内部を公開を始めましたが、1998年に角屋もてなしの文化美術館として開館し、現在は14代目が館長を勤めています。


見学は1階のみ一般公開され、2階は事前予約が必要となってます。




以上が京都で行っておきたい観光スポット7選です。


華やかな歴史絵巻に目が眩みそうなくらい有名なスポットがたくさんある京都。


その中でも話題にしやすいものをご紹介してみました。

2014年6月13日

written

by yuki


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