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2015月9月27日更新

京都観光の前におさらいしよう!金閣寺と銀閣寺の違いって?

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京都に観光に行きます。金閣寺か銀閣寺に行く予定なのですが、何が違うのか教えてください。(大学3年生・男性)
京都を代表する観光スポットのひとつ、金閣寺と銀閣寺。
学校の教科書にも必ず出てきますし、知らないという方はまずいないでしょう。

でも、具体的に金閣寺と銀閣寺ってどう違うの?
と聞かれると、答えに困ってしまう人も多いのではないでしょうか?
今日はそれぞれの特徴や歴史的背景なども踏まえて、両者の違いをちょっとおさらいしてみましょう。


金閣寺



画像出典:臨済宗相国時派 公式HP

3層からなる建物の内外に、惜しげもなく張られた金箔。
その豪華絢爛なビジュアルは、一度見たら絶対に忘れられないですよね。

金閣寺は正式名称を鹿苑寺と呼び、創設者は、室町幕府第3代将軍である、足利義満です。
義満は室町時代の政治・権力・財力などの全てにおいて全盛期を確立した人物として知られています。
元は別の家系の持ち物であった別荘を義満は譲り受け、その場所に建てられたのが金閣寺と言われています。

それまで室町第(現在の同志社大学今出川キャンパス内付近)にあった政治機能をそこに移し、様々な行事などもそこで行われていたようです。
また自身も金閣内に住み、それは義経が51歳で死ぬまで続きました。
義経の死後、臨済宗相国派として開祖し、鹿苑寺と呼ばれるようになりました。

ちなみに、昭和25年の放火により、一度消失しています。
もちろん金箔なども、その時に全て貼り直されたものです。

施設詳細:臨済宗相国時派 公式HP
住所:京都市北区金閣寺町1
アクセス:市バス「金閣寺通」を降りてすぐ


銀閣寺



画像出典:臨済宗相国時派 公式HP

名前だけ聞けばすごいですが、実際は金閣寺よりも地味なイメージのある、銀閣寺。
正式名称を東山慈照寺といい、実は、「銀閣寺」という名前は江戸時代になってから、金閣寺との対比でそう呼ばれるようになったようです。

以前は「建立当時は金閣同様、外面を銀箔で覆う予定だったものが幕府の財政事情によって頓挫した」、
「銀箔を貼る前に創設者である足利義政が死亡したために話がなくなってしまった」
というような説もありましたが、上に記した通り、銀閣時という名前はずっと後になってつけられた名前です。
また平成19年の調査により創設当初から銀箔は貼られておらず、また貼られる予定もなかったことがわかっています。

冒頭で失礼にも、「名前の割に地味なイメージ」と書いてしまいましたが、
実は、銀閣寺には、創設者である室町幕府第8代将軍、足利義政の美意識のすべてを投影した一大建築物といえるものなのです。

芸術や文学に造詣の深かった義政は、自らのための邸宅として銀閣寺を創設し、そこに数々の美術品を集めて収容したり、美しい庭園をこしらえました。
しかし、その完成を見ることなく、義政は51歳でこの世を去ることになります。
その意志は義政と交流のあった禅僧たちによって引き継がれ、それから間もなく、晴れての完成となりました。

施設詳細:臨済宗相国時派 公式HP
住所:京都市左京区銀閣寺町2
アクセス:市バス「銀閣寺通」下車すぐ


いかがでしたか?
お出かけの際にも、ちょっとした予備知識があると、もっと楽しく、違った目線で観光ができるかもしれませんよね。
両者とも臨済宗相国時派HPにて、詳細な資料を閲覧することができます。
是非そちらのページにもアクセスしてみて下さい。


2015年9月27日

written

by liliaapril


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