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2014月10月9日更新

意外と知らない?韓国の世界遺産で歴史を感じよう

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大韓民国には、現在9つの文化遺産1つの自然遺産が登録されています。複合遺産はまだありません。唯一の自然遺産は済州島にありますので、すべての文化遺産は、朝鮮半島にあるわけです。


慶州を中心とした半島東側に4件、ソウルを中心とした西側に5件です。わりとまとまっているので、「とにかく一通りは見てみたい」という観光にも便利です。


韓国ドラマで、韓国の歴史や文化に興味を持った方も多いでしょう。好きなドラマのシーンを思い出しながら、世界遺産めぐりをしても楽しいですね。


では、これら9件を簡単にご案内しましょう。



東の世界遺産 古都・慶州周辺の文化遺産



半島南東部に位置する慶州(キョンジュ)は、三国時代の新羅から統一新羅の時代まで都が置かれていました。日本で言えば奈良や京都のような古都です。仏教を中心とした文化が花開いた古代都市ですので、上品で落ち着いた趣があります。


韓国内の修学旅行生のみならず、日本からの修学旅行でもその旅程に組み込まれるようになりました。また、韓国の新幹線KTXでなら、新慶州駅まで最短2時間で到着します。


ドラマ「善徳女王」の舞台にもなった慶州。歴史好きにはたまらない韓国の古都です。できるなら、周囲の自然も楽しみながら、のんびり歴史散策をしたい都市です。



jeong woo Nam


 



屋根のない博物館 【慶州歴史地域】



新羅は、紀元前356年から935年まで続いた王朝です。日本では「しらぎ」で習いますが、韓国語の発音だと「シルラ」になります。高句麗や百済と覇権を争った三国時代を経て、7世紀半ばに半島を統一しました。


この新羅の王都が置かれていたのが、慶州です。古墳時代等の出土品や仏教遺跡などが多くみられます。都市全体が文化遺産と言っても過言ではなく、「屋根のない博物館」とも呼ばれています。また、日本の奈良のように、いたるところに古墳がみられるのも大きな特徴です。


地区内は、南山(ナムサン)・月城(ウォルソン)・大陵苑(テヌンウォン)・皇龍寺(ファリョンサ)・山城(サンソン)の5つに分かれています。


ドラマ「善徳女王」で広く知られるようになった古代の天文台「瞻星台(チョムソンデ) 」は、月城地区にあります。月城地区では、屋外の史跡もさることながら、国立慶州博物館もはずせません。所蔵品は10万点、韓国でも第二の規模を誇ります。


考古資料を始め、慶州で花開いた仏教芸術などに触れることができますので、ぜひ、訪れたいところです。日本語の図録もありますので、歴史好きな人へのお土産にいかがでしょうか。遺跡は点在しているので、レンタルサイクルなどを利用してもよいでしょう。



ecodallaluna



石仏の微笑みと極楽浄土 【石窟庵と仏国寺】



石窟庵(ソックラム)仏国寺(プルグッサ)は、慶州にあるもう一つの世界文化遺産ですが、「慶州歴史地域」の指定に先立つ1995年に文化遺産に登録されました。新羅は、国教を仏教としましたので、慶州にも多くの仏教遺跡があります。その頂点に立つのがこの2つと言ってもよいかもしれません。


 


両者を建立したのは、8世紀半ばに新羅王朝に仕えた金大城(キム・デソン)という宰相です。金大城は、「前世の」両親のために石窟庵を、「現世の」両親のために仏国寺を、それぞれ建立したと伝えられます。


石窟庵は、吐含山(トハムサン)という山のなかほどにあります。白く美しい花崗岩を切り出して、ドーム型に積み上げて作られている石窟庵は、8世紀につくられたといわれていますが、非常に優れた建築技術が用いられており、新羅の人たちの文明の高さを物語ります。


 


ドーム中央には、釈迦如来坐像が安置され、周囲の壁は観音菩薩や金剛力士などのレリーフで飾られています。仏像は日本海を望むように坐しており、日の出の光を浴びた神秘的で荘厳な美しさが、多くの人を魅了してきました。


朝鮮時代には創建当時の姿のままであったといわれていますが、植民地支配を行った日本の解体・復元等の工事により(日本に持ち去ろうとした、という説があり、このことを韓国の人はよく思っていません)、残念ながら往時の姿を知ることはできなくなってしまいました。


 


なお、石窟庵入口からご本尊の安置される石窟庵までは、1kmほど山道を歩かなければなりません。歩きやすい靴で行くようにしてください。森林浴をしながらのんびり参拝しましょう。



Tonio Vega


 


仏国寺は、極楽浄土を現世に顕したものといわれるお寺です。新羅の仏教文化を代表するこの寺は、京都の平等院のように壮大な美しさを誇る寺ですが、実は多くの災難にも遭遇しています。


16世紀の豊臣秀吉の朝鮮出兵の際には木造建築の大部分を焼失。さらに、朝鮮時代後期の廃仏毀釈によって、深刻な被害が出ました。再建、修復が繰り返されて現在に至ります。


 


ですが、仏国寺の見どころは石造物。石ゆえに焼亡を免れ、創建当時の姿を残すものもあります。特に多宝塔と釈迦塔が有名で、その緻密で精巧な作りは、石造物であることを忘れさせるほど。新羅の人たちの石を加工する技術の高さに驚かされます。新羅を代表する美しい仏教芸術に魅了されてください。



Steve Mohundro


 



八万大蔵経の納められた伽倻山海印寺



慶州から西へ、ソウルからはKTXでおよそ1時間40分の都市大邱(テグ)は、2011年夏の世界陸上の会場として有名になりました。その大邱からバスと徒歩で2時間ほどのところに海印寺(ヘインサ)があります。海印寺は、韓国でも最も有名なお寺の一つで、創建は統一新羅の時代802年と言われます。


お寺の由緒もさることながら、世界文化遺産に指定されたのは、大蔵経板殿(テジャンギョンパンジョン)です。仏国寺や石窟庵とともに1995年に登録されました。2007年には、そこに収蔵されている高麗八万大蔵経(コリョパルマンテジャンギョン)が、記録遺産に登録されています。



gttexas


 


ところで、この「高麗八万大蔵経」。何がすごいかということ、およそ8万枚の板に彫られているのです。つまり版木で、これを使ってお経が印刷されたわけです。朝鮮での仏教文化が頂点を極めた高麗の時代、1236年に造成が開始され、完成までには15年の歳月を費やしたといわれています。


 


さらに、海印寺は数度の火事にあいながらも、大蔵経板殿に保存された8万枚の版木は難を逃れ、またカビや虫食いなどの被害にもあわずに今日まで残りました。保存状態は極めて良好で、これらの版木は、現在でも印刷に耐えうるといわれています。この版木によって印刷された大蔵経は、室町時代に日本にも伝えられ、現在でも増上寺などが所蔵しています。


 


この版木を保管しつづけた大蔵経板殿は、湿度などの微妙な自然条件をうまく調節できるよう考えて作られた建築物で、その点が世界文化遺産として高く評価されました。また、海印寺の周囲には豊かな自然が残り、紅葉の頃には多くの参拝客がカメラをもって訪れる美しい景勝地でもあります。まさに、極楽浄土ですね。



Arian Zwegers


 



韓国の歴史的集落群:河回と良洞



李氏朝鮮前期の集落で、代表的な両班(貴族階級)の村です。どちらも風水の原理によってつくられており、今でも伝統的な家屋や暮らしが守られています。


また学術的価値の高い文献や芸術品も多く残っており、伝統儀礼などもよく保存されています。時代劇に出てくるような雰囲気の村ですから、散歩しているだけでも楽しめるところです。


ただし、どちらも現在も人が暮らしているところですから、マナーを守って見学しましょう。特に、観光客に公開されているところと、立ち入り禁止となっているところとがありますので、注意してください。


慶州市内から北へ20㎞ほどのところに、良洞民俗村(ヤンドンミンソッマウル)があります。広大な耕地と、発達した水運の恩恵を受けて、李氏朝鮮時代はとても豊かな集落として栄えました。


この集落は、雪蒼山(ソルチャンサン)という山の麓、川に沿った場所に営まれているため、移動にはちょっと体力と時間が必要かもしれません。慣れた靴で、ゆっくりとめぐってください。観光地として整備されており、伝統文化の体験プログラムなども豊富です。


安東(アンドン)市の河回村(ハフェマウル)は、市の中心部から車で40分くらいのところにあります。この村の圧巻はやはり、伝統芸能である「河回別神クッタルノリ」でしょう。豊穣を神に祈るための仮面劇で、社会風刺などを交えて演じられます。


もちろん、韓国語がわからなければ、内容もよくわからないかもしれませんが、日本の神楽や獅子舞などと同様に、お面や役者のしぐさなどを見ているだけでも、楽しめると思います。



Jordi Sanchez Teruel


 


「安東国際タルチュムフェスティバル」という秋に行われるお祭りにあわせて旅行するのがベストですが、それ以外でも、週に3回ほど定期的に公演がおこなわれていますので、河回村を訪問するときには、事前に公演予定を確認してください。



西の世界遺産 李氏朝鮮の都ソウル周辺の文化遺産



首都ソウルは、李氏朝鮮時代の王都漢陽(ハニャン)としておよそ500年にわたって繁栄しました。江戸の文化が東京に受け継がれたように、王朝文化が残るソウル周辺には、宮殿建築などの壮大で華やかな文化遺産が、現代建築と調和して存在しています。


ちなみに、旅行番組や韓国ドラマに頻繁に登場し、ソウルのシンボルともいえる「景福宮(キョンボックン)」は、世界文化遺産の登録はされていません。


景福宮そのものの歴史は古いのですが、いわゆる豊臣秀吉の朝鮮出兵によって全焼し、その後およそ300年、廃墟として放置されてきました。李朝末期の1867年に再建されましたが、日本の植民地支配によって多くの建物が破壊され、残った正殿や楼閣などの建築物に往時の姿をとどめています。



華麗なる王朝絵巻 昌徳宮



もともとは景福宮の離宮として建てられたものなので、自然も豊かで美しい宮殿です。秀吉の朝鮮出兵で全焼しましたが、1615年(日本は江戸時代が始まったばかりのころ)に再建され、以降、正宮となりました。王朝の生活様式をリアルに感じることができる場所です。


韓国伝統庭園の真髄と言われる「後苑」は、美しい自然と建築物が見事に調和しており、多くの人を魅了します。宮殿内では唯一となる韓国独特の青い瓦の建物、「宣政殿」は、王が政務を執った便殿で、他の建物とは違う品格が感じられます。


また、東の隅に位置する「楽善斎」は、後宮や女官が暮らした場所で、李朝最後の皇太子に嫁いだ日本の皇族、梨本宮方子(なしもとのみやまさこ)も、晩年はここで過ごしました。韓国ドラマだけではなく、そうした歴史の息遣いも感じながらゆっくりと見学してください。



Expert Infantry


 



その大きさは歴史の長さ 宗廟



東西100m以上ある巨大な木造建築「宗廟(チョンミョ)」は、王室の霊廟です。歴代の王と王妃らの神位(位牌)が安置されています。


圧倒的な迫力は、その建築物としての大きさだけではなく、そこに長大な時間の重みも加わるからなのでしょう。王が逝去するたびにその神位を祀るための空間を、一部屋一部屋増築していったために、このように横に長い建物になりました。つまり、この東西の長さはまさに李氏朝鮮の歴史の長さといえます。


季節ごとに、王の子孫によって行われている「宗廟大祭(チョンミョデジェ)」などの儀礼をみることもできます。予定をあわせてみてもいいですね。



近代的な夢の都 華城



ソウル駅から特急電車で30分程度のところにある都市、水原(スウォン)。その水原の都市中心部を取り囲む壮大な石組みの壁が、「華城(ファソン)」です。日本でも大ヒットとなったドラマ「イサン」でも描かれましたので、ご存知の方も多いでしょう。第22代王・正祖(チョンジョ)が、およそ3年の歳月をかけて完成させました。



Joel


正祖は、当時儒学一辺倒だった朝鮮に、近代化へむけた改革の新風を吹かせた王でもあります。実学を重視した王の傍では、多くの才能ある学者が活躍しました。この華城も、そんな学者の一人丁若鏞(チョン・ヤギョン)が設計したものです。


伝統的な朝鮮の築城法と西洋の近代的な技法とを導入し、機能性と美しさを備えた都城を完成させました。日本の植民地支配や朝鮮戦争によって、破壊されたところも少なくありませんが、大規模な修復が行われて現在に至ります。


水原の町を散策しながら、城壁を一周すると、2時間以上かかります。体力を消耗しますので、無理のない旅程を組むようにしましょう。また、王の宿泊施設であった水原行宮(ヘグン)は、「チャングム」や「イサン」のロケ地としても有名です。ドラマのシーンを思い出しながら、楽しんでください。



静かに王が眠る場所 朝鮮王朝の王墓群



宗廟が位牌を祀るところなら、こちらは実際に王が葬られたお墓です。ソウルとその周辺に、40基が点在しています。江南(カンナム)エリアの中心部にある宣陵(ソルルン)・靖陵(ジョンヌン)は、アクセスもよいので多くの人が訪れます。靖陵は「チャングム」などに登場した第11代王中宗(チュンジョン)のお墓です。


お墓ですから、特に何か見どころがあるわけではありませんが、豊かな自然に囲まれた静かな場所なので、都会の喧騒から逃れた人々が憩う場所となっています。緑の木陰でお弁当を広げるのもいいかもしれません。



威風堂々 高敞・和順・江華の支石墓群跡



支石墓とは、巨大な石で作られた古代のお墓の一様式です。日本では、蘇我馬子の墓ではないかとされる奈良の石舞台古墳が有名ですね。韓国には支石墓が多く、世界的にも有数の規模を誇るといわれています。支石墓は、青銅器時代の支配階級によってつくられたお墓で、儀式を行う祭壇としても用いられていました。


世界文化遺産として登録された支石墓群は、全羅北道の高敞(コチャン)、全羅南道和順(ファスン)、仁川の江華島(カンファド)のものです。全羅北道と全羅南道は、半島南部でソウルからやや遠いので、江華島のものが近くて見学には便利です。


江華島の支石墓のなかでも最も有名なのが、富近里(プグンニ)にある、高さ2.6メートル、長さが7.1メートル、幅5.5メートルのテーブル型の支石墓です。大きさもさることながら、均整のとれた造形美が魅力的です。


いずれにしても、支石墓を見学するときには、ちょっとだけ古代文明について予習をしていくことをお勧めします。知識がないと、単なる巨大な岩にしか見えませんので。



Annerley Johnson


 




まとめ



韓国は、その歴史の過程で中国の影響を大きく受けてきましたが、決して中国のコピーにはならず、半島の自然環境に適応した独特の文化を育んできました。時に、日本との関係が悪化したこともありますが、お互いに良好な関係を築く努力をして、今日に至っています。


韓国料理や韓国ドラマなど、韓国の歴史や文化に触れることができる文物は少なくありません。世界遺産もその一つです。韓国の人々が長い時間をかけて守り抜いてきた文化遺産に直接触れることにより、韓国の文化への理解がさらに深まることでしょう。


自然と融合した広大な文化遺産が多いので、できれば、一つ一つじっくりと時間をかけて訪れたいものです。体調を整えて、ぜひ旅を楽しんでくださいね。

2014年10月9日

written

by tabisapo


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