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2014月10月1日更新

旅行前に知っておこう、日系ブラジル移民の真実

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はじめに



日本とブラジルの関係を語る時に外せないキーワードがあります。そう、それは日系ブラジル移民です。皆さんは日本からブラジルへ渡っていった人々がいるということを知っていますか?


実は日本からブラジルへの移民の歴史は古く、始まりは1908年の笠戸丸と言われています。もう100年以上も前に、この笠戸丸に乗って日本を出発し、長旅を経てブラジルに辿り着き、そしてそこで過酷な労働を経験し、挫折してしまった人々、かたや成功を収めた人々がいるのです。


 


今回はそんな日系ブラジル移民についてお話ししていきたいと思います。


 


Scott Ogle


 



何故ブラジルへ渡ったのか?



日本のちょうど真裏にある国、ブラジル。一体全体どうしてそんな離れた国へ移民として渡ることになったのでしょうか?それは一言で言ってしまえば利害関係が一致したからです。


当時のブラジルは積極的に移民を受け入れていました。それは農業においての労働力が欲しかったからだと言われています。ただ、あまりにも過酷な環境だったために移民がなかなか定着しなかったそうです。


そういうわけで移民受け入れに積極的でした。一方の日本はと言うと、当時は世界のいろいろな国へ移民を送っていました。


 


しかし、最大の受け入れ先であったアメリカから結果的に締め出されることにより、行き先がなくなってしまいました。そこで、積極的に移民の受け入れをしていたブラジルへ移民を送ることになったのです。


このようにお互いの利害関係が一致したことにより、1908年から1970年代まで日本からブラジルへ多くの人々が移民として渡っていきました。その総勢は13万人を超えると言われており、その人達の子孫である日系ブラジル人は現在では160万人を超えると言われています。


 



ブラジルでの過酷な労働



さて、日本からブラジルへ渡った移民の人々は一体どんな労働をしていたのでしょうか?


ほとんどの移民の雇われ先はコーヒーの国・ブラジルらしくコーヒー農園だったようです。そこでの労働は過酷なものであったと言われています。奴隷と同じような扱いであったという記録も残っているようです。


 


それほどに過酷であった労働に耐えることができず、逃げ出した人も多かったと言われています。そして逃げ出した人々は資金を出し合って農地を購入し、自作農として新たに出発しました。


中には日本人移民向けの商店や医院を開業する人もいたようです。こうして、後に続く日系ブラジル移民の基礎を作っていったのです。


 


Ben Kaminsky


 



戦後の日系ブラジル移民について



これまで戦前の日系ブラジル移民についてお話ししてきましたが、続いて戦後の新しい世代の日系ブラジル移民についてお話ししたいと思います。


戦前の日系ブラジル移民の多くは農業労働者でしたが、戦後の日系ブラジル移民はこれとは少し違っていたようです。初期の頃の移民の人々が苦労して作った基礎があったため環境的にも恵まれており、農業労働者だけではなく、様々な職種の受け皿があったと言われています


 


こうした後期の移民の人々の中には、先駆者の作ってくれた基礎を大切に利用し、成功を収める人々が多く出ることとなりました。具体的に言えば、政界に進出した人、企業を立ち上げた人などです。


商店や会社名に日本でもよく見られる苗字がついているのですが、それは日系ブラジル移民の方が設立したものです。日本人の勤勉さが功を奏してか大成功し、裕福な生活を送っている人が比較的多い印象があります。


 



現在もブラジルに暮らす日系1世の人々



ブラジルへは1970年代まで日本から移民が渡っていたため、まだ日系1世つまりは生粋の日本人が多く健在しています。筆者はこれまで何度かブラジルへ行っているのですが、直近でお世話になった家は日系ブラジル移民のご家族でした。


しかもそこのお父さんお母さんは日系1世です。お世話になっていた頃、よく移民としてブラジルへ来た時の話を聞きました。内容はポルトガル語がわからず苦労したこと、起業するまで大変だったことなどです。


そこのお家は親族で会社を経営しており、裕福な部類に入っていたと思います。滞在中に何組かの日系人一家を紹介してもらいましたが、筆者の印象としては、日系人は比較的裕福な生活を送っていた感じがしました。


 


それもそのはずです。もちろん会社や農園を経営して裕福な場合もあるのですが、日系ブラジル移民の子孫は3世までではありますが、日本側が無制限に受け入れているのです。


つまり、日本に行こうと思えば簡単に行けてしまうということです。そして日本で働くことができます。


ブラジルの平均月収が10万円程ということですので、日本に来て働けば短期間でまとまった金額を貯めることができますし、平均月収と同じくらいの金額を毎月ブラジルへ送ることもできます。ブラジル人は家族をとても大切にする国民性です。それ故に日系ブラジル移民の子ども達は日本で働いたお金をブラジルに住む親に送る場合が多いのです。


それに、帰国する際に日本製の家電製品を購入し、持ち帰ります。ブラジルでは日本製の家電製品は高級の代名詞です。そんな物が多くある家ですので、やはりブラジル国内では裕福な部類に入るのです。


 


余談ですが、初期の移民の人々はその狭いコミュニティの中で結婚していたため、混血化はほとんどなかったようですが、現在ではかなり混血化が進んでいます。


見た目は西洋人の風貌なのに、名前を聞くと日本の苗字が入っていることがあります。それでも一部には混血が進むのを嫌がり、日系3世だけれど日本語はほとんど話せないけれど見た目は日本人という人々もいます。


 




まとめ



今回は日系ブラジル移民についてお話ししてきましたが、いかがでしたでしょうか?ブラジルという国は日本にとって遠くて近い国です。そのルーツを日本に持つ日系ブラジル人もブラジル国内のみならず日本国内にも多く存在します。


ブラジルへ旅行に行って、現地の日系ブラジル人に声をかけられることもあると思います。そんな時に少しでも今回の話を思い出していただければ幸いです。


それでは、良い旅を!


 


Victor Camilo


 


 

2014年10月1日

written

by tabisapo


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