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2014月10月18日更新

「ライオンの都」シンガポールの国旗の由来と歴史まとめ

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シンガポールの赤と白の国旗の意味と、比較的新しい国であるシンガポールの歴史についてまとめてみました。旅行で行かれる前に、ご一読下さい。


 



シンガポールの名前の由来 



 シンガポールと言えば頭がライオンで体が魚の奇妙な生き物の像「マー・ライオン」が有名です。


これは、この地方の民話に出てくる生き物です。スマトラの王国の支配下にある頃、王子が新領土を求めてこの島に降り立ったところ、頭に白いタテガミを持ち体は魚の不思議な動物を見かけました。


その生き物が住む町ということで、サンスクリット語で「ライオン」を意味する"Singa"と「都」を意味する"Pura"がくっついて「シンガ・プーラ」となったと伝えられます。


 これが今の「シンガポール」の名前の由来となったと言われています。



Muh. Sirojul Munir



シンガポールの国旗の由来



 現在の国旗は、1959年に制定されたマレーシア連邦時のシンガポール州旗が、新国家独立に際して国旗として採用されたものです。


赤と白の横二色に三日月と五つの星からなる旗ですが、赤は平等と世界人類の融和、白は純潔さと美徳、五つの星は進歩・正義・平等・平和・民主主義を、三日月はイスラム教の象徴ばかりではなく、五つの星が示す五つの理想を支える決意を表すものと言われています。


 赤と白の色彩はマレーシア、タイ、インドネシアなどの東南アジア近隣諸国の地域色の影響を多大に受けたものです。



Storm Crypt


 




シンガポールの歴史



 1819年、東インド会社の英国人、スタンフォード・ラッフルズは、中国、インド間の貿易中継地点として、漁師がたった150人余りで生活する小さな漁村だったシンガポールの地に注目しました。


ラッフルズは、当時支配下にあったジョホールの王からこの地を買収して、1824年に正式にイギリスの植民地としました。そして商館を設立し、シンガポールは自由貿易港としました。


 以後、シンガポールの発展はめざましく、港や都市が整備され貿易中継地点として急速に発展していくと、労働を求めて中国の広東、福建から、また当時インドの植民地下におかれていたインド人たちが移民してきて多民族国家となり、ますます繁栄していきました。


ラッフルズは現在でも「シンガポール建国の父」 として、シンガポール人に愛され、ラッフルズがついた建物や場所は非常に多くあります。


 


 第二次世界大戦が勃発し、日本が参戦を決めると、イギリスのアジアにおける拠点であるシンガポールは日本軍によって攻められ、シンガポールは戦火にまみれます。


1942年には日本軍によって占領され、日本軍による軍国主義政策のもと、日本語教育などされ、マレー人、インド人を優遇したため、中国人たちの間で反発が広がっていきました。その際、半日分子として何万という中国系住民を殺害しました。


 日本の敗戦後、シンガポールは再びイギリスの植民地となりますが、1948年から植民地からの解放を訴える民族独立運動が後のシンガポールの首相となるリー・クァンユー率いる人民行動党を中心に活発になります。そして1963年にマラヤ、サバ、サラワクと共にマレーシア連邦を結成し、イギリスより完全独立を果たします。


 しかし、マレーシアのマハテール首相による「マレー人優遇政策」によって、マレー系住民と中国系住民の間で衝突が起きるようになり、1965年にリー・クァンユーは中国系住民を率いてシンガポールとして、マレーシアから分離、単独国家になりました。独立後は経済発展を続けアジアを代表する貿易国、金融国となりました。


まだまだ反日感情を持っている人も多いので、節度ある行動と民族や宗教に敬意を示した態度で観光するように心がけましょう。現在の美しい国シンガポールの歴史を少し知ることで、より現在のシンガポールが理解できます。

2014年10月18日

written

by tabisapo


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