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2014月11月28日更新

インカ帝国の中心として栄えた太陽の都「クスコ」

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クスコの街には奥深い歴史があります。
その歴史をちょっと勉強してみませんか? そうすれば、クスコの旅がより楽しくなりますよ。


 


クスコ (Cusco)は、ペルーの南東に位置する都市。アンデス山脈の中腹にあり標高は約3600m。


あまりにも標高の差が激しいので旅行者の中には、高山病にかかってしまう方もいらっしゃいます。


1983年には、ユネスコ世界遺産の文化遺産として登録されました。周辺にはインカ文明以前の遺跡から、


スペイン侵略後に建てられたスペイン風建築物などが多数あり、古代建築物のと融合が歴史を感じさせます。


 



G. D. Vicente Torres


 



★インカ帝国の中心として栄えた太陽の都「クスコ」



 


クスコの由来は、ケチュア語で「ヘソ」を意味します。


インカ帝国の中心地として栄えたこの都市は、国内のあらゆる地方(現在のエクアドル~ペルー~ボリビア~チリなど)から


人々が集まり、まさにインカ帝国の中心地(ヘソ)とされていました。
また、クスコの町並みは、聖なる動物であるピューマを型どったものという説があります。
クスコの街は宗教的意味を持った聖なる街としての意味合いも強かったと思われます。


 



Andrew Miller


 



★インカ帝国の繁栄から滅亡の道



 


クスコを語るにあたって、インカ帝国の歴史を切り離すことは出来ません。


 


多大な繁栄を続けていたインカ帝国は、16世紀になるとスペイン人のフランシスコ・ピサロ率いる180人程の兵士によって、
一瞬にして侵略されてしまうのです。


数万の兵士を有するインカ帝国が、180人程度の軍隊になぜ負けたのか…



Lufonz


当時のインカ人にとって、スペイン人が持ち込んだ銃器や馬は未知のものでありました。
高度な建築技術を持っていたと言われるインカ人でしたが、当時のインカ文明には文字や車輪、鉄器を使う


文化がなかったと言われています。それは決して他文明より劣っていたからではなく、


彼らの生活の中で「必要性と実用性の問題」で生み出されなかっただけだと言われています。


 



★インカ神話の創造主ビラコチャ神の再来の悲劇!!



 


更に白い肌を持つスペイン人の風貌から、インカ帝国皇帝アタワルパ王


ピサロを「当時信仰されていたインカ神話の創造主ビラコチャ神の生まれ変わり」だと思い込み、


アタワルパ王はピサロに簡単に捕らえられてしまったとされています。


 


インカ神話に出てくる創造の神が、インカ帝国の滅亡の引き金を引いてしまったのかもしれません。


 


その後、幽閉されていたアタワルパ王は、ピサロが金に異常な関心を示すことを知り、
自由と引き換えに「部屋一杯の金銀」を差し出しましたが許されず、絞首刑にされてしまったのです。


 


更に、ピサロは太陽の象徴である黄金で彩られた太陽の神殿や宮殿を破壊し、
金銀を手当たり次第に略奪を繰り返していったと言われています。


しかしインカ人が築いた精巧かつ強固な礎石だけは、破壊することが出来ず
その石組みの上にスペイン風の教会を建設しました。
そのため、クスコにはインカの美しく精巧な石組みとスペインのコロニアルな建築物が
融合した独特の建築物が多数あります。


 



Andrew Miller


 




★まとめ



 


文字を持たなかったインカ文明だったために、
精巧かつ強固な礎石の建築技術は、未だに謎となっています。
しかし、美しい石組みは見る人の心をときめかせ技術の高さに感銘します。


みなさんもクスコの町を歩く際には、失われた文明を感じながら観光されてみては如何でしょうか?


 



BORIS G

2014年11月28日

written

by tabisapo


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