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2015月1月7日更新

文化と歴史の融合を味わうトルコ・イスタンブールの基礎知識

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トルコ・イスタンブールの基礎知識  



イスタンブールは、アジアとヨーロッパの大陸にまたがる都市です。


かつてローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン帝国と3代続く大帝国で、これがイスタンブールの誇りとしています。イスタンブールは、過去の遺産も多い国です。


 


イスタンブールは、博物館、教会、宮殿、偉大なモスクや市場 そして自然も美しく多彩な観光地です。


イスタンブールは、世界で素晴らしい都市の一つとして有名な国です!!


  



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スルタンアフメット地区



トプカプ宮殿




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マルマラ海を前に、ボスポラス海峡をも望む小高い丘にトプカプ宮殿はあります。強大な権力をもつオスマン朝の支配者の居城として15世紀半から20世紀初頭に建てられました。


 


名前の由来として宮殿が建つ場所に、かつて大砲が設置されていたことから、トプ「大砲」カプ「門」サライ「宮殿」と呼ばれるようになったといわれています。


1453年にメフメット2世は、イスタンブールを陥落。そして、1460年代に現在の位置にトプカプ宮殿を建てました。その後、さまざまな当時の建築様式に従って増築を重ねて、70万㎡の広大な敷地を持った宮殿になりました。


トプカプ宮殿は、1856年にドルマバフチェ宮殿ができるまで全体的にひとつの町として、オスマン朝の中心地として栄えました。


 



スルタンアフメット・ジャーミィ



 


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スルタンアフメット・ジャーミーは、地域名でもあり旧市街の観光の中心、イスタンブールの象徴です。


トルコのジャーミィは丸天井のドームと尖塔(ミナーレ)に特徴です。スルタンアフメット・ジャーミィは、世界でも珍しい6本のミナーレをもつイスラム寺院です。


高さ43m、直径27.5mの大ドーム、4つの副ドーム、30の小ドームをもっています。


 


スルタンアフメット1世の命を受けて、ミマール・スィナンの弟子のメフメット・アーの設計で1616年に建造されました。


建物の広いフロアを見上げると、独特の雰囲気を丸天井にみることができます。


 


ドームには260にものぼる小窓にステンドグラスが太陽の光を照らしとても綺麗です。内壁には2万枚以上の青いイズニックタイルが美しく、さまざまな文様を組み合わせています。


建物の全体が素晴らしく美しさで、ジャーミィは「ブルーモスク」の愛称で親しまれています。


 



アヤソフィア博物館 




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アヤソフィア博物館は、ビザンツ建築の最高傑作と評されスルタンアフメット・ジャーミィとトプカプ宮殿の間に建っています。


 


トルコの長い歴史の中、さまざまな宗教に利用されてき建築物です。


西暦325年、コンスタンティヌス1世によりアヤソフィアの基となる建築が始まり、360年、2世の時代に完成しました。


歴史上、何回もの焼失を経て、537年に6年近くの歳月を経て、皇帝ユスティニアヌスの命を受けビザンツ様式の大聖堂が完成しました。


 


1931年、アメリカ人の調査隊によって、壁の中のモザイク画が発見されました。


ビザンツ時代の遺跡として「アヤソフィア」が再び脚光を浴びました。


初代大統領アタテュルクは、翌年、博物館として「アヤソフィア」を一般公開することを決定しました。


 




地下宮殿 (イェレバタン・サルヌジュ)




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イスタンブールの旧市街では、地下の貯水池が数ヵ所発見されています。


 この貯水池は、4世紀から6世紀、コンスタンティヌス帝からユスティニアヌス帝の時代に造られたものといわれています。


 トルコ語でイェレ「地に」、バタン「沈んだ」という意味であり地下の大貯水池です。


 


ビザンツからオスマン朝時代にかけ、ここは周辺地域の主要な水がめでした。


水はアタテュルク大通りにかかるヴァレンス水道橋、後にトプカプ宮殿に引かれました。全体は縦140m、横70m、高さ8mです。この内部は、コリント様式の柱で支えられ、当初柱が28本の円柱、12列あり合計336本でした。


 しかし、南西側の柱が19世紀末に肩として塗りつぶされたとき90本の柱が亡くなりました。


 


宮殿の一番奥にはメドゥーサの顔が2体横たわり、1984年、巨大なメドゥーサの首が、大改修で底に残された泥2mが取り除かれ発見されています。


 地下宮殿が発見されるまで、地下宮殿の上に家を建てて住み、床下に穴を開けて水をみ魚を釣って生活していたそうです。


 




国立考古学博物館(アルケオロジ・ミュゼスィ)




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国立考古学博物館は、トプカプ宮殿の第1庭園の北側、石畳を下った所にあります。


 トルコの遺跡は、オスマン朝時代に英・仏により発掘調査されたものは、両国の博物館に収められているそうです。


 しかし、1881年以降の出土品に関しては、すべてイスタンブールに集められています。


 


アレキサンダー大王の石棺、ギリシア・ローマ時代のコレクションなど、世界的にも評価が高いです。


館内は、主要な展示物が旧館(2012年10月現在一部改修中)へ、新館の地階にビザンツ時代の彫刻とイスタンブール周辺都市の出土品や彫刻が展示されています。


 


2階にはイスタンブールで発見された彫刻などが展示されています。


3階にはトロイ出土品と旧石器、そしてフリギュア時代の出土品が展示されています。


4階はキプロス、シリア、レバノンの土器や石像が展示されています。

2015年1月7日

written

by tabisapo


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