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2014月10月18日更新

学生起業で成功した孫正義の人生まとめ

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孫正義について、詳しく教えてください!(大学1年生・男性)


 

孫正義

出典

 

ソフトバンクは携帯事業だけではない。
ヤフー、プロ野球球団・・・、通信業界をリードするだけでなく、数々のプロジェクトに手を染めている。
小さなソフトウェア会社を、世界屈指の大企業へとつくりあげた男、孫正義。
今回は彼の人生についてまとめてみました。

 

 

貧しかった幼少期



1957年、在日韓国人三世として佐賀県鳥栖市に生まれる。日本名『安本正義』
在日朝鮮人という事実を隠し、日本名を名乗りながら生活を続けていたそうです。
トタン屋根のボロボロの家に住んでいて家は貧しかったといいます。

1973年、九州屈指の名門 久留米大学付設高校に入学し、
高校1年の頃、英語研修でアメリカに短期留学。
アメリカ留学をした孫に、ある気持ちが芽生えてくます。
『アメリカは日本より10年進んでいる。最先端の知識を学んで、事業を起こしたい。』

 

アメリカに留学



親の反対を押しきり、高校を中退し渡米します。
アメリカの高校に留学し、飛び級で2学年進級。
わずか3週間で大学の検定試験に合格します。
その後に、カリフォルニア大学バークレー校に編入。
大学在学中に自動翻訳機を製作。それをシャープに売り込み、わずか2年で1億円というお金を手にします。
そのお金を元手に、アメリカでソフトウェア会社を設立。
『これからはコンピューターの時代だ。デジタル情報革命が将来起きる』と確信していたのです。

 

ソフトバンク設立



その後1980年、バークレーを卒業し帰国。
日本でソフトウェア会社を起業しようと思ったものの「僕にはソフトを開発する力はない」と実感。
その当時アメリカではすでに、ビルゲイツなどの天才ソフトウェア開発者がいた為です。
そこで、ソフトウェアを開発するのではなく、パソコン卸業を展開しようと決意します。
そして1981年『日本ソフトバンク』を設立したのでした。

この小さなパソコン卸業会社をどのようにして有名にしていくか。

孫が考えた作戦は、日本最大電化製品展示会、エレクトロニクスショーに参加することでした。
そこで孫は、日本中から大量の最新ソフトを取り寄せ、陳列させました。
その作戦が功を奏し、ソフトバンクの名は日本中に広まるのです。
そしてその後、ソフトバンクはパソコンソフト流通シェアの5割を占める大企業へと成長したのです。

 

M&Aを繰り返す



会社をより大きくするには、他の事業にも手をだす必要があります。
しかし一から作りあげるには、お金も時間もかかります。
そこで孫はソフトバンクの株式を公開。
それにより2000億円の資金を手に入れ、世界のコンピューター関連企業を次々と買収します。

1995年11月には、孫自らアメリカに赴き、ヤフー創業者デビットファイロ、ジェリーヤンらと会合をします。
ヤフーの検索エンジンの話を聞き、その場でヤフーに対し、200万ドル出資を決意。
1996年4月ヤフージャパンを設立するのでした。

 

携帯事業に手を出す



日本を代表する経営者になった孫だが、2000年ITバブルが崩壊。
ソフトバンク社も打撃をうけ、倒産のうわさも出ました。
しかし2001年6月、新たにインターネット接続事業に参入します。

2006年には、ボーダフォンジャパンを2兆円で買収。携帯事業に本格参入したのでした。
その当時、携帯事業の半数はNTTが独占。NTTだけでなくKDDIにも大きく引き離されている状態。

そこで、孫はソフトバンクのCMに白い犬を起用。
この斬新なCMが思いがけず大ヒット。会社のイメージアップにつながったのです。

さらに2007年、iPhoneの日本での販売権を獲得します。
実は孫は、数年ほど前からアップル社に目をつけており、アップル社CEOスティーブ ジョブズ氏からiPhoe開発の話を聞いていたそうです。
iPhoneの投入により、携帯事業が大きく躍進。日本最大の携帯通信企業へとのし上がるのでした。

 

 

その後、現在もソフトバンクの勢いは止まる気配を見せません。
今後孫正義は、どのような事業を展開していくのでしょう。まだまだ目が離せませんね。

2014年10月18日

written

by りえ


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