現在17271個の困ったを解決できます!

2015月3月10日更新

やりたいことがみつからない僕らへ

3864 views

Q. 自分のやりたいことが見つかりません。就活までには自分の方向性を決めなければならないと思うのですが、それまでに本当にやりたいことなんて見つからないのではないかと不安です。(大学1年生・男性)


みなさまこんばんは@hiyokoluvです。
前回は”きっかけ”について書かせていただきました。
さて、今回は何を書こうか…そんなところを思い自分のBlogを
読んでいた時に、一つの記事を思い返しました。

一年前に書いたこの文章は、まさに「自分の軸」が見えない2年生の時でした。「絶対にゆずれない自分の軸を見つける。」「もっとも大切なものを決める。」ある方、NPO法人JAPAN HEART代表、

吉岡先生は講演においてこう述べてくれました。ぼくは思わずこう質問しました。

 



 

今回の記事はその一言について想うところを書いたものです。
”自分自身がわからない”
”やりたいことがわからない”
そんな方々は、最後までお読み頂ければ幸いです。



 

① やりたいことってなんですか



 

やりたいことが見つからず悩む男性

 

© jedi-master - Fotolia.com

 

僕にはやりたいことがありません。やりたいことが決められません。一年前、無自覚なうちに自分が決められた道を走っていた僕は選択肢を増やすために、外に出て活動することを始めました。なにかを自分で決めてみたい。そのようなことから選択肢を増やし始めた僕は今度はなにかを選ぶことを恐れるようになりました。なにかに一生懸命になることはなにかを見失うこと。僕は選んだ何かが間違っていることを恐れたのです。


迷わず飛び込めばいいんだよ。何人かの友人がこうアドバイスしてくれました。


僕には、無理でした。


無自覚な自分への恐れを原点に抱いている僕は、なにかを選ぶことができなくなってしまったのです。悩みました。自分がやりたいことはなんなのか。


それはなぜか。



 

② だいたいの人間はそんなに強くない



 

なにかを決められない自分。なにがやりたいんかわからない自分。「変わりたい学生の最初の一歩を支援する」この想いはもちろんあります。しかし、これに「自分がやる」理由を見いだせなくなってきたのもまた事実です。交流会やゲスト講演。僕のfacebookのイベントには常に20件以上のイベントの招待がきています。このような「交流会氾濫時代」において自分がやる意味が分からなくなってきたのも事実です。僕はやりたいことがなくなりました。



 

人間というものはなにかやる理由を求めるものです。生きる理由を宗教に求めた昔と違い、僕たちには生きる理由を教えてくれるものはなにもありません。ぼくらは自分でいきる理由を探さなければならない時代にいるのです。そして多くの人は自分の生きる理由を他人にもとめました。「誰かのために何かをしている自分」としてしか僕らは安心できないのです。



 

不安なんです。一度でも、たった一度でも自分が信じてきた世界が崩れたことのある人は。怖くて怖くて仕方ないんです。自分が信じたものがまちがってるかもしれないから。僕がなにかに一生懸命になれない理由の一つもまた、ここにあります。



 

こんな僕らに対し、彼らは眩しすぎました。「カンボジアの人を救いたい。だから国際協力するんだ。」「政治家になって、この国を変えるんだ。」 自分の人生をかけるほどの価値が見つかっている。いつ変化するかもわからない周りの人に自身の存在理由を置き、正しいかもわからない価値を一身に信じ、その価値に向けて前を向いている。かれらの姿は僕には眩しすぎました。



 

③ 眩しさを避けるために人はなにをするのか





僕は傍観者になろうと思いました。なにかをきめなくていいように、自分の心が揺るがないように、頑張ってるひとを応援する人になる。僕は決めました。何事にも揺らがないように。自覚的に現状を分析し、道を示す僕は頼られるようになりました。頼られる自分が心地よい。僕は究極の傍観者になる。僕のそんなおもいに友人のある一言はひどく刺さりました。「まだ二年生なのにもったいない。ひよこにはもっと前をむいてぎらぎらしてほしい。」



 

僕はなにかを決めようとしました。


しかし、それでも、決まりませんでした。


今回の吉岡先生への質問はそんな僕の現状をふまえて、行ったものでした。



 



 

吉岡先生はこう答えました。「決まった」のです、と。



 

 

④ わからないからこそ、みえること



 

最後のメッセージで吉岡先生はこう述べてくれました。


あなたたちには時間がある。僕にはこれが羨ましい。物事を成熟させるためには時間が必要です。みなさまには時間がある。僕はもうこれしか生きていくすべがない。どうやって生きていくかわからないから、皆様には無限の可能性がある。僕にはこれが羨ましい。


僕には確かにやりたいことがありません。立派な夢があるわけでもないし、どこに入りたいとも特にまだ思うところがない。あって、悩んでいる誰かの力になりたい、普通の学生の普通の悩みを聞いてあげたい、この程度です。でも、これでいいのかもしれません。



 

僕達にはまだ時間がある。


社会に出るまでにすくないけども、たかだか二年だけれども、まだ時間がある。


もう一度一年前の初心に戻ろうと思います。「なにかを決める覚悟じゃない。なにも決めない覚悟を持つんだ。」 一年前の僕がいっていたことはもしかしてとても的を射ていたのかもしれません(笑) 選ばなかった選択肢に未練たらたらな優柔不断な僕にはこれくらいで、ちょうどいいのかも知れません。



 

明日の夢に近づいている自分にわくわくしたい。すてきなことだと思います。でももし、もし、この記事を読んでくれている誰かに夢がないならば、そして、夢を持つ誰かをかっこよく思うならば、そのもやもや感は無理に解消しないでもいいのかもしれません。わからないからこそ、明日の自分のみる景色にわくわくする。明日の自分にわくわくするために、今日一日を生きる。そんなのもすこしは素敵なんじゃないでしょうか。



 

明日の自分にわくわくしたい



 

まだ飛べないひよこの、初心に還る想いを書きました。
みなさま最後までお読みいただきありがとうございました。


感想いただけると嬉しいです。


written by @hiyokoluv

2015年3月10日

written

by yuki-hirose


同じカテゴリの記事をもっとみる

ライター

WRITERライター情報

RANKING

就活・キャリア記事ランキング

pagetop