現在17271個の困ったを解決できます!

2014月12月2日更新

音楽の都・ウィーン&ザルツブルグ旅行記

81 views

約640年続いたハプスブルク帝国の歴史が感じられるオーストリアの首都・ウィーンへ出かけました。日本からは、直行便で約12時間ですが、今回はオランダのアムステルダムでのトランジットを経て、やっとのことで到着しました。日本との時差は8時間です。オーストリアの公用語はドイツ語のようで、駅名などはすべてドイツ語で表記されていました。



まずは世界遺産の街並みへ!




hakonekot


ウィーン歴史地区は、世界遺産に登録されています。シュテファン大聖堂(Stephansdom)は、ウィーン歴史地区の真ん中にあり、世界遺産に登録されている建物の一つです。ウィーン歴史地区の世界遺産への登録は2001年。前身はロマネスク様式の小さな教会だったそうですが、14世紀にゴシック様式の現在の形の大教会になりました。


内部の祭壇はバロック様式で、中に入ると高い天井に驚きます。荘厳な気持ちになり、しばし座って祭壇を眺めました。写真の左側に写っているのはシュテファン大聖堂の向かいに建つハースハウス(Haashaus)です。建築家ハンス・ホラインの設計の現代建築やホテルなどの中にそびえ立つシュテファン大聖堂は、圧巻でした。



カフェ文化発祥の地




hakonekot


カフェ文化の発祥の地は、実はウィーンだそうです。17世紀に皇帝からの許可がおり、第1号カフェがオープンしました。カフェ・ツェントラル(Central)はフェルステル宮殿の中にあり、創業は1876年!ウィーンの老舗カフェの一つです。カフェに集い、音楽の話や芸術の話に花を咲かせていたウィーンの人々が思い浮かぶようでした。


やがてカフェ文化はウィーンからヨーロッパ全土へ広がりを見せます。カフェで大昔の沢山の芸術家たちが自分の専門分野の人々と、時には全く違う分野の人々と、何時間も芸術について語り合い、そこから素晴らしい文化が数えきれないほど生まれたのだと思いながらコーヒーを飲み、ケーキを食べれば、ウィーンのカフェで過ごす時間は、さらに素敵なものになると思います。



国立歌劇場で、本場のオペラを堪能




hakonekot


音楽の旅ということで、本場のオペラ「フィガロの結婚」を鑑賞しました。1869年にこけら落とし公演としてモーツァルトの「ドン・ジョバンニ」が公演されてから100年以上の歴史を持つ歌劇場です。7月と8月には公演はないそうなのですが、年間300作品以上のオペラが上演されているそうです。


オペラ鑑賞の他に、ウィーン少年合唱団の歌声が聞きたくて王宮礼拝堂(Hofburg-Schweizerhof)でのコンサートにも参加し、大変感動しました。また、ウィーンの市街全体に音楽家の銅像がとても多く、ウィーンが音楽の都であるということがよくわかりました。銅像の中ではワルツを作ったヨハン・シュトラウスの金色の像が印象に残っています。



ウィーンのガウディと呼ばれる"フンデルトヴァッサー"




hakonekot


芸術家・フンデルトヴァッサーの奇抜なデザインの建物は目を引きます。本名は、フリーデンスライヒ・レーゲンターク・ドゥンケルブント・フンデルトヴァッサーと、大変長い名前です。フンデルトというのは、英語のhundred、つまり日本語で100を表します。ヴァッサーというのは、水という意味です。


日本でもフンデルトヴァッサーの建築物をいくつか見ることができます。大阪の海遊館のエスカレーターから大阪市環境局舞洲工場のゴミ処理場が見えます。是非、見てみてください。フンデルトヴァッサーは、日本の「風呂敷」がお気に入りだったようで、風呂敷のデザインもしています。



hakonekot


ウィーンからザルツブルグへは、スイス方面行きの"レイルジェット"という特急電車で行きました。そのまま乗って行くと、チューリヒまで行くのですね。日本の新幹線のような特急列車です。車窓からは田園風景を見ることができました。




必ず行きたいザルツブルグの名所!




hakonekot


ザルツブルグは塩(ザルツ)の交易で栄えた都市です。モーツァルト生誕の地として国際的な音楽祭が定期的に開かれています。モーツァルトの生家の中は、現在博物館になっており、モーツァルトの生涯について詳しく知る事ができました。お土産屋さんでモーツァルトクーゲルとマグネット、オルゴール、トランプを購入しました。



Rhiannon Boyle


ミラベル宮殿も必見です。映画サウンド・オブ・ミュージックのロケ地となっている宮殿で、庭園には花壇があります。



ecv5


市街地全体が、世界遺産に登録されています。その美しい建造物の数々が立ち並ぶ風景から、「北のローマ」「北のフィレンツェ」と呼ばれていました。ザルツブルグもまた、文化の薫る土地でした。

2014年12月2日

written

by tabisapo


同じカテゴリの記事をもっとみる

ライター

WRITERライター情報

pagetop