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2014月12月2日更新

民間伝承と巡る、ポーランドの首都ワルシャワ

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現在のポーランドの首都である"ワルシャワ"という名前は、ワルスとサワという2人の人物から名付けられていると言われています。「ワルスとサワが何者なのか」については、いくつかの説がありますが、実際にはどの説が本当なのかはポーランドの方に尋ねてもわかりません。


2つだけ、確実に言えることは『ワルスとサワは美しいヴィスワ川のほとりに住んでいたということ』と、『この町の始まりが、この土地にもともと住んでいた人たちの優しさとおもてなしの心から始まった』ということです。



ワルスとサワの物語




Vladimir Tkalcic


 


昔、ポーランドにはカジミェシュ大王という王様がいました。ポーランドの至る所に銅像があり、大変有名な王様です。その、カジミェシュ大王とワルスとサワについての伝説が残っていますので、ご紹介します。


 


Patrycjusz Witczak


 


カジミェシュ大王は、クラクフからグニェズノへ行く途中に、貧しい漁師の小屋の前を通りました。お腹のすいた王は、煙と美味しそうな食べ物の匂いが、その小屋の中からすることに気づきました。


 


昨晩の夜の漁で何匹かの魚がとれていたので、漁師は王に、双子が生まれた事によってつい最近大きくなった家族の話をしました。貧しい漁師と彼の妻は子供に洗礼を受けさせていませんでした。というのも、この辺りには教会がなかったのです。


食事を心から楽しんだ王は、彼らに金でお礼を払いたかったのですが、古いポーランドのおもてなしのしきたりにそって、漁師は支払いを拒みました。


 


それで王は彼らに双子の洗礼名の名付け親にしてもらえないかと尋ねました。祭壇が丘に作られ、カジミェシュ大王によって招かれた神父が双子にワルス(男の子)とサワ(女の子)という洗礼名をつけました。


そしてカジミェシュ大王は、『漁師ピーターはこれからピーターワルスとなり、ワルスとサワの父として王宮の漁師となり、広大な森の持ち主となるように』と発表しました。それから、『村が彼の小屋の近くから形になっていった時は、彼の新しい名字から名付けるように、その村は永遠にその名前であるように』と彼に伝えました。



Dennis Jarvis


 


このようにしてワルシャワと名付けられたこの土地は、200年ほどののちのジグムント3世によって遷都され、ポーランドの首都となりました。


 


また、別の伝説では、このようなバージョンも伝わっています。


 


昔々、ヴィスワ川のほとりにとても小さな小屋が建っていて、漁師のワルスと彼の妻サワが住んでいました。ある日、この土地に詳しい狩人とこのあたりの土地を持っているジェモミスウ王子が森の中で迷ってしまいました。彼らは何日もさまよい続け、幾晩も森で過ごし、ついに漁師の家にたどりつきました。


ワルスとサワは見知らぬ彼らを迎え入れました。朝になり、王子はこう言いました。「あなた方は見知らぬ私たちを空腹と寒さと野生の獣から救ってくださいました。なので、この土地は永遠にワルシャワと呼ぶことにしましょう、あなた方の親切な心を決して忘れる事のないように。」



Maciej Pawlik


 


ヴィスワ川のほとりのワルシャワには、こんなに素敵な伝説が残っているのですね。


 



ワルシャワと人魚のおはなし



さて、広場の中央には、剣を持った人魚の像があります。ワルシャワの紋章にも描かれている剣を持った人魚にも、伝説があります。



Artur Kociola


 


人魚は海を泳いでやってきて、ヴィスワ川のほとりにたどり着き、ワルシャワのあたりで休んでいました。ワルシャワをながめると、とても素晴らしいところなので滞在する事を決めました。近くに住む地元の漁師は、波が立っていて網が揺れているので魚がかかったのだと思いました。


見ると人魚がいます。漁師は人魚の歌声を聞いて恋に落ちました。しかし、お金持ちの商人が人魚を捕まえ、木の小屋に閉じ込めました。漁師は人魚の泣いている声を聞いたので、彼女を助け、いつでも助けが必要な時は助けるので呼ぶように、と言いました。それ以来、人魚は剣とたてを持つようになりました。


 


今、旧市街の広場にある人魚の像は、ワルシャワの町と市民を守れるよう武装しているようです。


 



Fox Wu


 


ヴィスワ川のほとりにも、別の人魚の像があります。是非、探してみてください。


 




絵画から復元されたワルシャワ



このように、素晴らしい町ワルシャワは、第二次世界大戦で戦火によって焼き払われてしまいました。しかし、ワルシャワを描いた絵画が幸いにも残っており、ワルシャワの町は忠実に復元されました。煉瓦は残りましたので、新しい建物を建てる際になるべく組み込まれました。破片などもなるべく組み込まれて、ワルシャワの歴史地区は昔の姿を取り戻したのです。



itineri.de


 


1980年には世界文化遺産への登録がなされましたが、特に「破壊からの復元および維持への人々の営み」が評価された最初の世界遺産となっています。


 


ポーランドには、ワルシャワの他にクラクフやトルンなど中世の街並が残る都市がたくさんあり、それぞれに素晴らしい伝説が残っています。是非、様々なおはなしと共にポーランドを巡ってみてください。きっとまた違ったポーランドが目に映ることでしょう。

2014年12月2日

written

by tabisapo


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