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2015月2月8日更新

中国屈指の観光名所「紫禁城」の歴史とその見どころ

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「紫禁城」は、中国の北京にある明清朝の旧王宮です。


「紫禁城」は別名「故宮(故宮博物院)」ともいいます。


1987年にはユネスコの世界遺産に登録されました。


「紫禁城(故宮博物院)」の歴史と見どころを紹介します。



Andy Enero



歴史



明皇帝が南京から北京へ遷都してから、清朝滅亡まで宮殿として使われました。


清朝の皇宮として皇帝とその一族が居住すると、政治の舞台となりました。


1911年の辛亥革命によって近代中国が幕開けするまで、政務の中心地でした。


辛亥革命が起き、溥儀は退位しましたが、「優待条件」として紫禁城に住み続けました。


しかし1924年の北京政変の際、皇族への紫禁城退去が通告され、


その後「故宮(故宮博物院)」と名前を変えました。


「故宮」とは、「昔の宮殿、古い宮殿」という意味で、現在は博物館となっています。


1961年に、中国国務院から国家重要文化財に認定され、


1987年にはユネスコの世界遺産に認定されました。


 



名前の由来



「紫禁城」は中国の天文学に従い、北極星(天帝)を皇帝に擬え、世界の中心を地上に


再現した領域でした。


「紫禁城」は地上を治める皇帝の住む宮殿として建設されました。


この、天帝が住んでいる星とされる北極星を紫微星、北極星の周辺を回る星座の辺りを


紫微垣と呼んだことに由来する「紫宮」と、庶民などが自由に入るのを禁止された城と


いう意味の「禁城」が合わさり「紫禁城」となりました。


 



主な構造



建築物は「天子は南面す」の故事に従い、すべて南向きに作られています。


宮殿群は南北の軸に沿って、ほぼ左右対称となっています。


「乾清門」より南側が公の行事を行う「外朝」、北側が、皇帝が日常業務を行ったり、


皇后らが生活する場である「内廷」です。



Michael Coghlan


 



城池区



城壁と堀の部分です。


「午門」は世界最大の城門といわれている正門です。


入口が3つあり、中央が皇帝専用、両脇が貴族や官僚のものでした。


「神武門」は皇后主催の儀礼「先蚕」のために皇后たちが外出する際や、


清朝皇帝の妃を選ぶ試験「選秀女」のためにお妃候補が入城する際に使われました。


「角楼」は防衛施設でした。


 



前三殿区(外朝)



故宮の南側中央に位置する最大のメインスポットです。


特に、「太和殿」「中和殿」「保和殿」は「前三殿」と称され、外朝の代表的な建物と


されています。


 




後三宮区(内廷)



中軸線上に位置する内廷のメインスポットです。


「乾清宮」「交泰殿」「坤寧宮」を「後三宮」とします。


「乾清門」から北側が皇帝や妃の生活区でした。


 


「紫禁城」は面積が725000㎡、東京ドームが15個すっぽり入るほどの広さがあり、


世界最大の宮殿の遺構とされています。


ここで紹介したのはほんの一部にすぎず、まだまだ紹介しきれないほどのたくさんの門や建物があります。


そして、紫禁城にはまだ未公開のエリアもたくさんあります。


しかし、徐々に公開エリアを拡大していて、今まで見ることのできなかったところが


見学できるようになってきています。


何度訪れても、新たな発見がある「紫禁城」、もし中国に行く機会がありましたら


ぜひ訪れてみてください。

2015年2月8日

written

by tabisapo


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